
映画「花束みたいな恋をした」を観て、主人公の麦と絹の考え方や行動に共感した方も多いのではないでしょうか。
作中に登場するサブカルカップルの繊細な心の動きや価値観のすれ違いは、多くの視聴者の心に深く突き刺さります。
彼らの複雑な内面を理解する手がかりとして、近年話題のMBTI診断が注目されています。
この記事では、麦と絹の性格をMBTIの視点から考察し、どのタイプに当てはまるのか、また、どのような理由で別れに至ったのかを深掘りしていきます。
さらに、あなたのMBTIタイプ別に、この映画の刺さり度ランキングについても解説していきますので、ぜひ最後までご覧ください。
この記事でわかること
- 映画「花束みたいな恋をした」の主人公、麦と絹のMBTIタイプの考察
- MBTIの観点からふたりの性格や価値観がどのようにすれ違っていったのか
- 作品の裏設定や込められたテーマについて
- 自身のMBTIタイプと照らし合わせ、映画のどの要素に共鳴するのか
Contents
「花束みたいな恋をした」MBTIが示唆するふたりの本質
- 麦と絹のMBTI診断
- 麦の性格の変遷
- 絹の性格はわがまま?
- 麦のキャラ変をMBTI的に推測
- 絹の変化とINFPの成長パターン
- 裏設定から紐解くMBTI
麦と絹のMBTI診断

多くのファンが考察しているように、麦と絹のMBTIタイプには有力な説がいくつか存在します。
作中の言動や価値観の描き方から、麦はENFP(広報運動家)、絹はINFP(仲介者)とする見方が一般的です。
ENFPは、外向的で好奇心旺盛、理想を追い求めるタイプであり、多くの人に共感の輪を広げたいと願います。
一方でINFPは、内向的で感受性が強く、自分自身の価値観や理想の世界を大切にするタイプです。
ふたりは「直感型(N)」という共通点を持っているため、出会った当初は言葉を交わさずともお互いの価値観を理解し合えました。
これが、多くの人が語る「運命的な出会い」に繋がった理由のひとつと言えるでしょう。
しかし、このふたつのタイプは、それぞれ外向型(E)と内向型(I)に分類されます。
内向型である絹は、自分の内なる世界を深く掘り下げて探求することを好むため、自分の価値観に合わないことには抵抗感が強く、妥協を好みません。
一方で、外向型である麦は、外の世界との関わりを通して成長します。
社会に出て仕事に邁進する中で、価値観が少しずつ変化していくのは自然なことでした。
こうした根本的な違いが、やがてふたりのすれ違いを生むきっかけとなっていったと考えられます。
麦の性格の変遷

麦の性格は、物語を通じて大きく変化していきます。
物語の序盤、大学生の頃の麦は、自分の夢であるイラストレーターになることに情熱を燃やしていました。
この頃の彼は、まさにENFPらしい好奇心と行動力に満ち溢れています。
しかし、社会に出て働き始めると、彼は徐々に現実的な考えを持つようになります。
特に、経済的な安定を求めるようになるにつれて、夢や趣味に対する情熱が薄れていきました。
仕事に追われる日々の中で、彼は昔のように趣味の時間を大切にできなくなり、絹が好きなサブカルチャーにも関心を示さなくなります。
本来、ENFPは理想を追求するタイプですが、生活の安定という現実的な目標を前に、自分の価値観を大きく変えざるを得なかったのです。
この変化は、彼が家族や生活を守る「ガスタンク」のような存在になろうと決意したことからも読み取れます。
結果的に、この性格の変遷が、絹との決定的な価値観のズレを生んでしまいました。
絹の性格はわがまま?

絹は、一見するとおとなしく控えめな性格に見えます。
しかし、彼女の内面には強い信念と譲れない価値観が秘められています。
特に「やりたくないことはしたくない」というセリフは、INFPの本質をよく表していると言えるでしょう。
彼女にとって、仕事は生きるための手段ではありますが、自分の価値観を犠牲にしてまで働くことには強い抵抗がありました。
彼女のこの姿勢は、社会の一般的な価値観から見れば「わがまま」と捉えられがちです。
しかし、INFPタイプにとっては、自身の内なる理想や感情を大切にすることは、自己を保つ上で非常に重要なことなのです。
そのため、趣味やカルチャーを共有する時間、麦との精神的な繋がりを何よりも重視していました。
麦が仕事に没頭するようになり、ふたりの共通点が失われていくにつれて、彼女は孤独を感じていきます。
この「わがまま」とも言える一貫した姿勢が、物語における彼女の葛藤と成長を描く重要な要素となっています。
麦のキャラ変をMBTI的に推測

麦の「キャラ変」は、多くの視聴者にショックを与えました。
これは、彼が現実的なプレッシャーに直面し、ENFPとしての理想を一時的に手放してしまった結果だと推測できます。
特に、生活の安定という現実に直面した際、彼は持ち前の外向性を活かし、社会のルールや価値観に適応しようとしました。
しかし、本来のENFPの性質とはかけ離れた働き方や価値観は、彼の内面に大きなストレスを与えていたはずです。
この変化は、心理学的に見ると「シャドウ(影)」の側面が現れた状態とも解釈できます。
普段は理想主義で楽観的な彼が、経済的な不安という現実を前に、本来苦手とする論理的で現実的な思考に囚われてしまったのです。
これにより、彼は絹との間で「なぜ仕事がそんなに嫌なの?」「大人の責任だろ」といった、価値観のすれ違いを明確に言葉にしてしまうほどに変わってしまいました。
絹の変化とINFPの成長パターン

絹は麦と対照的に、自身のINFPとしての本質を頑なに守り続けました。
彼女は当初から「おわりの気配」を敏感に感じ取るなど、内省的な性格でした。
しかし、麦との関係が破綻していく中で、彼女はINFPとしての成長を遂げていきます。
INFPは自分の感情や理想を大切にする一方で、その理想に固執しすぎるあまり、現実から目を背けてしまうことがあります。
別れを決意した際の彼女の姿は、INFPが現実と向き合い、自立した個人として歩み始める成熟した姿と言えるでしょう。
彼女は、麦との関係がかつての輝きを失ってしまったことを受け入れ、新しい人生を歩むことを選びました。
この決断は、彼女が自身の内なる価値観を保ちながらも、現実世界で生きていくための第一歩であり、INFPの健全な成長パターンを示唆しているように感じられます。
裏設定から紐解くMBTI

「花束みたいな恋をした」の脚本家、坂元裕二さんは、登場人物の性格を非常に緻密に描き出すことで知られています。
作中に散りばめられた多くの小道具やセリフには、ふたりのMBTIタイプを読み解くヒントが隠されています。
たとえば、絹が好きな「ミイラ」は、永遠の命を求めるINFPの死生観を表していると解釈できます。
一方で、麦が惹かれる「ガスタンク」は、危険から守ってくれる絶対的な安定を求める彼の心理状態を象徴しています。
また、ふたりが終電を逃したカフェで出会った、もう一組のカップルの描写も重要です。
彼らは、多くの人が知っているメジャーな作品名ばかりを挙げており、それに対して麦と絹は苦笑します。
これは、ふたりが自分たちのサブカルチャーをアイデンティティとして強く意識していることを示しています。
このように、作中のさまざまな裏設定は、麦と絹のMBTIタイプや、ふたりの価値観をより深く理解するための重要な鍵となっています。
『花束みたいな恋をした』の坂元裕二さんってあの2人を、
— トモヤ🐾🐈⬛映画好きと繋がりたい (@tomoya_cinema) January 11, 2023
①サブカルに詳しいセンスのいい二人
②自分たち以外の人を実は見下してる冷笑系の嫌な性格の二人
どっちのつもりで脚本を書いたんだろうか?
②のつもりで書いたのならいいんだけど①のつもりで書いたのだとしたら坂元氏自身も相当イタイ… pic.twitter.com/vndU16lCGJ
MBTIで読み解く「花束みたいな恋をした」
- MBTIで考える“サブカルカップル”の落とし穴
- 別れのシーンをMBTIで読み解く
- MBTIタイプ別・『花束』の刺さり度ランキング
- 理想と現実の狭間にあるふたりの姿
- 結論:花束みたいな恋をしたmbtiから学ぶこと
MBTIで考える“サブカルカップル”の落とし穴

麦と絹のようなサブカルカップルは、共通の趣味や価値観で深く結びついているため、恋愛の始まりは非常に盛り上がります。
しかし、この関係性にはMBTI的な観点から見ると、いくつかの落とし穴が存在します。
それは、お互いの価値観が共通していることに安心しすぎてしまい、相手の「内面的な違い」を見過ごしてしまうことです。
たとえば、麦と絹はともに「直感型(N)」であるため、物事を抽象的に捉え、感性で通じ合える関係でした。
しかし、麦は「外向型(E)」、絹は「内向型(I)」という根本的なエネルギーの方向性の違いがありました。
外向型は外の世界との繋がりを広げることで、内向型は自分の内面を深く掘り下げることで充足感を得ます。
このように、同じ趣味を持っていても、その趣味に対する向き合い方や、人生における優先順位は大きく異なることがあります。
共通の趣味に頼りすぎると、これらの違いに気づくのが遅れ、やがて関係の破綻を招くリスクがあるのです。
別れのシーンをMBTIで読み解く

物語のクライマックスである別れのシーンは、MBTIの観点から見ると非常に象徴的です。
麦は「結婚して家族になろう」と提案しますが、これは彼がENFPとしての理想を捨て、現実的な安定を求めた結果です。
彼は、恋愛感情が冷めても、生活を共にする「家族」として関係を再構築しようとしました。
これは、ENFPが持つ理想主義が、現実のプレッシャーによって変形した姿と言えます。
彼は、恋愛の「終わり」を認めず、結婚という形で関係を「持続」させようとしたのです。
一方、絹は麦の提案を一度は受け入れようとしますが、かつての自分たちとそっくりの若いカップルを見て、別れを決意します。
これは、INFPである彼女が、再び自分の内なる理想と向き合った瞬間です。
彼女は、もはや「花束」のような輝きを失った恋愛を続けることに意味がないと悟りました。
INFPは、自分の感情や理想に嘘をつけないため、例え辛い決断であっても、偽りの関係を続けることはできませんでした。
このシーンは、INFPが理想と現実の狭間で苦しみながらも、最終的に自分らしさを選択する成長の過程を描いています。
この別れのシーンは、感情的な側面が強く描かれていますが、MBTIの視点から見ると、ふたりの認知機能の違いが顕著に表れています。
麦は現実的な問題解決を重視し、絹は感情的な真実を優先しました。これらの違いが、別れを不可避なものにしました。
MBTIタイプ別・『花束』の刺さり度ランキング

映画「花束みたいな恋をした」は、観客のMBTIタイプによってその刺さり方が大きく異なります。
物語の繊細な感情描写や、現実的な葛藤は、特定のタイプに強く共鳴する傾向があります。
ここでは、特に刺さりやすいとされるタイプをランキング形式でご紹介します。
ランキング | MBTIタイプ | 刺さりやすい理由 |
---|---|---|
1位 | INFP(仲介者) | 主人公の絹と同じタイプであり、理想と現実のギャップ、繊細な感情に深く共鳴するため。 |
2位 | ISFP(冒険家) | 日常の美しい瞬間や感性的な描写に惹かれ、変わってしまうことの切なさを静かに抱きしめる感性を持つため。 |
3位 | INFJ(提唱者) | 人間関係の機微や運命的な繋がりを深く考察するタイプであり、静謐な関係の綾に共感を覚えるため。 |
4位 | ENFP(広報運動家) | 主人公の麦と同じタイプであり、夢と現実のはざまを軽やかに渡るストーリーが、自身の葛藤と重なるため。 |
これらのタイプは、ふたりの内面的な葛藤や、物語の感性的な側面に強く惹かれます。
一方で、論理や効率を重視するタイプ(ENTJやESTJなど)は、情緒的な展開や、目的のない時間の美学に共鳴しにくい傾向があります。
ただ、刺さり度が低いからといって、映画が楽しめないわけではありません。
むしろ、普段とは異なる視点から物語を捉えることで、新たな発見があるかもしれません。
花束みたいな恋をしたのどこで一番ダメージくらうかは、MBTIより信憑性高い性格診断ですからね
— ややもり (@notKOBUTORI) August 27, 2024
理想と現実の狭間にあるふたりの姿

麦と絹の物語は、多くの人にとって理想的な恋愛の始まりと、現実的な終わりを描いています。
MBTIの観点から見ると、彼らは理想と現実の狭間で揺れ動くふたりの姿を象徴していると言えるでしょう。
出会った当初のふたりは、感性で繋がり、互いの理想を共有し合いました。
この時期は、まさにINFPとENFPの理想主義が最大限に発揮された時間です。
しかし、社会に出て現実の壁にぶつかると、それぞれの価値観が試されます。
麦は現実を優先し、理想を手放す選択をしました。一方、絹は理想を守り続けました。
これはどちらが正しかったという話ではなく、それぞれのMBTIタイプが持つ価値観と、現実との向き合い方の違いです。
この映画は、理想と現実に折り合いをつけることの難しさ、そして、それが恋愛の終わりを招く可能性を示唆しているのです。
この映画が描くのは、恋愛における「幸せな終わり」ではありません。
しかし、多くの人にとって、ふたりの恋は決して無意味なものではなかったはずです。
たとえ別れても、そこで過ごした日々は、その後の人生を形作る上で貴重な経験となります。
結論:『花束みたいな恋をした』の麦と絹のMBTIタイプを徹底考察
「花束みたいな恋をした」をMBTIからの視点で読み解くことは、単なる性格診断の結果だけではありません。
この物語は、MBTIが示すふたりの本質的な違いが、いかに恋愛に影響を与えるかを示唆しています。
この記事で解説した内容を、以下にまとめました。
本記事では、映画『花束みたいな恋をした』の主人公、麦と絹の性格をMBTIという視点から深掘りしました。
ふたりのすれ違いは、単なる価値観の違いだけでなく、それぞれのMBTIタイプが持つ特性や、現実世界での成長の仕方の違いに起因していることが見えてきました。
あなたの心に深く刺さったシーンは、もしかしたらあなた自身のMBTIタイプと共通する部分だったのかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございました。